「! 」
 はっと目を覚ました。白い天井がやけにまぶしく映った。頭に張り付く鈍痛に額に手を
当てて息を整えて力を入れていた体からふっと力を抜いた。
「今のは……?」
 何故だろうか。喉が渇ききっている。全身が汗にまみれている。体を起こすと、そこは
病院の個室らしかった。そして、ふと気がついた。自分の体が小さい事に。
 手は赤くもみじの様でベッドに伸ばされた足も短く枕元から落下防止用の柵の半分に足
の先が届くか届かないかの短さだ。
「都軌也」
 扉から父が入ってきた。顔を向けるとやつれた表情の父がいた。母はいない。つまり、
少なくても小学二年生以上だということだ。
「いきなり倒れたんだ。父さんびっくりしたよ」
 見舞い用の粗末な椅子に腰掛けると椅子がぎっとなった。そんな父を見てぱちぱちと瞬
きを繰り返した。口が勝手に動く。
「今のは、夢?」
「どうしたんだ?」
 過去を夢で見ているのだろうか。それにしては、覚えがない。でも、本当にあったのだ
ろうか。
「夢を見たの。おっきい狐とがいて、火も出てて……」
 全く声変わりしていない高く、子供らしい声に不安を滲ませて言うと若かりし頃の父は
眉を寄せた。
「どういうところだった?」
 視線を合わせてくれる父の目をしっかり見て少し考えて思い出すようにすると、ふっと、
ススキとくるみ色の髪が見えた。
「薄野原で、空は曇ってた。雨が降って、真っ赤な火がそこら辺から一杯出てて、大人の
人が一杯いた。お兄ちゃんとか、お姉ちゃんとかおじさんとか」
「……そっか。大変な夢だったね」
 少しおかれた間に、戸惑いと驚きを隠されたのを感じた。
「じゃあ、忘れちゃおっか」
 父がふといった。えっと顔を上げて父を見ると視界がぶれた。
「まだ、知らなくていいものもあるんだ。ゆっくりお休み」
 意識が遠ざかっていく。手を伸ばすが届かない。言いたい事がある。だが――。
「何も言わなくていい。もう少ししたら、母さんと会うだろう」
 その言葉に目を見開いた。はじめからそこにいるのがわかっているようだった。気がつ
けば十八歳の体で父の隣に立っていた。
「夢か、現実か?」
「さあ。もしかしたら、お前が都合よく作ったものかもしれないけど、このことは本当に
あったんだよ」
 自分によく似た面差し。小さい頃は母に似ていたが年を重ねるたびに父に似てきたよう
な気がする。
「この子はまだ、小学二年生。母に置いていかれた、直後の事だからね」
「……なんで、今まで?」
「催眠暗示だから、何らかの時に解けるかも知れないけど、その様子じゃ、ちょうどの時
期目覚めたようだね。今、元気にしているか?」
「ああ、そこそこな」
 いきなり普通の会話に戻られて戸惑いながら頷くと父は苦笑した。
「まあ、十八歳かな、今」
「ああ。何で?」
「俺そっくり。やっぱ、俺、死んでんのかー、その頃には」
 その言葉に絶句して顔をまじまじ見ると片目を瞑られて肩をすくませられた。そんなこ
とされてもわからない。
「簡単な未来予知さ。それがあったから、遼子と一度別れた」
「え?」
「お前は辛かっただろうが、未来のためにはそうするしかなかった。遼子もいろいろがん
ばってるんだろうな。昌也辺り呼び寄せて式神にしてくんねーかなあ」
 はっきりと自分が死んでいることを前提に話を進めているのに何も言えずにいると父は
屈託なく笑っていた。
「ま、そんな話してもかわりねえわな、て、何で、思い出させたかに、入るけど、自分の
正体についてというか、自分はどんな血を引いているか検討ついてんのかな?」
「空狐?」
「ああ。そうそう、俺はまあ、藺藤とどこだっけ、本流は土御門の陰陽師の血も引いたり
してるんだが、その血に狐の血が加わっている。つまりどういうことかわかるか?」
「さあ」
 首を傾げて眉を寄せると父は溜め息をついた。
「つまり、もう、宗家就任の儀は行わなくていいんだ。理屈は?」
「……。ああ、そっか、そういうこと?」
「そう。んだから、もう、宗家らしくいけ。まあ、空狐については俺も知らない。遼子に
聞いてくれ。多分、しばらくしたら、会うことになると思う。そこまでは見なかった」
 先ほどからそうだが、どうやら父には高い予知能力が合ったらしい。昌也に聞いてみる
かと思いつつ、かなりの事まで見通してんだなと溜め息をついた。
「どこまでみたんだ?」
「ん? ああ、とりあえずここまで。後は、自分の予知、信じろ。相談なら、昌也にでも
しな。あれも一応、予言できるから」
「え?」
 初耳だった。全くその手のことに関して聞いたことがなかったというのが本当なのだが、
驚いた。考えてみればわかるのだが思いもしなかった。
「というか、あいつはそっちが得意だな。母さんの血が行っちまった様で」
「……ふうん」
 それしかいえずに反応に困っているとふうと意識が薄れた。あれと思ったが、父が泰然
と笑っているのが見えた。
「お別れだな」
「え?」
「まあ、ここにいるのはお前には毒だ。早く帰りなさい」
 まだ、話し足りない。とてもきりが悪い。崩れ落ちる体を支えられずに父の方向に体が
倒れていく。
「父さん」
 かろうじて手を伸ばし顔を上げると、滲んだ視界の先、父が淋しそうに笑っているのが
見えた。
「じゃあな、都軌也」
 そこで、ぶつと意識が途切れた。思ってみれば、ただの夢なのかもしれない。だが、そ
れにしては実観と、引っかかるものがあった。
 
 
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